「あなたの心に…」
Act.22 初詣大作戦
年が明けた。
日本人って、年始を大事にするのね。
ママに着物を着せられたけど、動きにくいったらありゃしない。
で、でも、アイツ…じゃなかった、し、シンジに誉めてもらったから、嬉しかった。
『き、綺麗だ。うん、ホント』
そうよ!その調子よ、馬鹿シンジ。
これから行くあの神社には、シンジの幸福な未来が待ってるんだからね。
その未来に、ちゃんとさっきみたいに誉めてあげるのよ。
レイの家は格式が高いから、いろいろと行事が多いの。
だから、時間を合わせるのがとても大変だった。
あの娘、ちゃんと来てるかしら?
うへぇ…、凄い人。
そんなに有名な神社じゃないのに。
時間通りに待ち合わせ場所へたどり着けるかな。
大体歩きにくいったらありゃしないわ。
草履だって履きなれてないし、着物なんて歩幅が取れないから…。
わっ!
「ご、ごめんね…」
危うくこけそうになったところをシンジが助けてくれた。
咄嗟に腕を掴んでくれたの。
「あ、あのさ、もし、よかったら、僕の腕掴んで…」
「ありがと。じ、じゃ、そうさせて…もらおかな」
私は恐る恐る、シンジの二の腕を掴んだ。
逞しくはないけど、やっぱり男の子の腕。
ぼふっ!
こ、ここは人が多すぎるわ!
熱くて熱くて、顔が火照るじゃない!
私は何故か、シンジの腕をギュッて掴むことができなかった。
まるで腫れ物に触るかのように、力を入れられなかったの。
シンジは、ソッポを向いて、何か真剣な顔をしてた。
きっと大勢の中で女の子に腕をとられているからなのね。
そのまま、お参りを先に済ませ、いよいよ計画の場所に向かったわ。
約束は境内のクスノキの下。
あれ?何だか気が重い。どうしてかな?人酔いしたのかな?
人が少なくなったから、私はシンジの腕を放した。
シンジは少しホッとしたみたい。
そうよね、彼女じゃないのに、そんなとこ誰かに見られたらイヤだもの。
何だかそれって寂しいな…。
私は友達なんだから、別に誰かに何て思われても構わないのに。
あ、でも、駄目駄目。
レイに紹介するんだもん。
あの娘、また誤解しちゃうよ。
クスノキが見えたわ。
シンジは私が何も言わずに、どんどん進むので変な顔をしてる。
あ!レイがいるけど、周りに胡散臭いのが数人。
そっか、あの娘に一人で待たしておくのは拙かったわね。
声を掛けて下さいって言ってるようなものだもん。
その上、晴れ着を着て、うわ!可愛いじゃない!
これは駄目よ。絶対に駄目!
「馬鹿シンジ。行くわよ!」
「行くって?」
「くわぁ!アンタ、馬鹿!あの娘、困ってるじゃない!助けないと!」
「僕が?」
あ〜!朴念仁!私が行くわよ!
「ちょっと、アンタたち!」
私はさっと間を抜けて、レイの前に立って、彼女を庇ったわ。
すぐにレイが私の背中にすがりついたの。
震えてた。ごめんね、レイ。こんなとこに待たせた、私が悪かった。
さぁて、私は取り巻いてる連中を見渡したわ。
う〜ん、ちょっと安心した。
不良とかチンピラの類じゃないわね。
ナンパ男の集団か…、1,2、…、6人ね。
「あ、惣流さん、あ、すみません、アスカ。あの、この方たちが」
「あのねぇ、こいつらに、この方なんて使わなくて良いの!
ほら、アンタたち、さっさと退きなさいよ!」
「へぇ…お友達は金髪美人じゃないの」
「こりゃ、今年はついてるぜ」
「ねぇ彼女、みんなで遊ぼうぜ」
「はいはい、もうお終いにしてね。私たち、暇じゃないんですから」
「そんなにつれなくしなくても良いだろ」
「いい加減にしないと、怒るわよ」
ふぅ…、簡単に行ってくれそうもないわね。
私、啖呵は切れるけど、別に格闘技ができるわけじゃないから、
こんなに大勢は相手できないよ、って、シンジはどうしたのよ!
いないじゃない…シンジ…アンタって、そんなヤツだったの。
こんなにか弱い私を見捨てて…逃げたなぁ!
くぅっ〜!頭に来た!
「アンタ等、殺す!」
「へ?」
いきなり『殺す』宣言で呆気にとられている、ナンパ男Aに膝蹴り!
って、できないよ〜!着物だったの忘れてた!
ピンチ!大ピンチ!
馬鹿シンジの馬鹿ぁっ!
「こら!お前ら!警察突き出すぞ!」
ナンパ男たちの後ろから大声がしたわ。
宮司さんと警備員が走ってきた。
助かった〜。
あ、そのあとから走ってくるのはシンジじゃない!
そっか、助けを呼びに行ってくれたんだね。
ナイス!
はん!ナンパ男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げてったわ。
私たちは宮司さんたちに丁寧に御礼を言ったわ。
そして、私たち3人だけになったとき、
私はシンジの肩をポンっと叩いたの。
「馬鹿シンジ!ありがと。助かったわ」
「いきなり飛び込んでいくんだから、びっくりしたよ!
本当にアスカは無鉄砲なんだから!」
「シンジ……アスカ……?」
あ!後ろでレイの呟く声が聞こえた。
アンタ、電話で説明しておいたでしょうが!
ファーストネームで呼び合ってるって。
まあ、恋する乙女としては、直接聞くと気になるのはわかるけど。
「で、その娘。アスカ、知ってるの?」
ビシッ!
背後で背筋が凍るような音がしたわ。
北極の氷が割れる音ってこんなのかなぁ…。
私は振り向いて、レイの顔を見ることができなかった。
私はシンジの顔を睨みつけた。
当のシンジは、いつものボケっとした表情をしている。
馬鹿シンジ!アンタ、綾波レイを知らないの?
私には負けるけど、学年ナンバー2の人気の美少女なのよ!
アンタって、アンタって、やっぱり、馬鹿シンジ!
あ、私の形相に、さすがに何かあるんだと察したみたい。
「えっと…ごめん、アスカ。僕の…知ってる人?」
バシッ!
思わず手が出ちゃった。
馬鹿シンジの頬に平手が炸裂したわ。
寒いから、あっという間に頬っぺたに季節はずれの紅葉が浮かび上がった。
「くっ…ううっ……」
あちゃちゃ。背後ではすすり泣きが聞こえてきたわ。
もう修羅場よ。修羅場。
これもすべて、アンタが鈍感だからいけないのよ!馬鹿シンジ!
あ〜、どうにかしなきゃ!って、どうしよ!
「ごめんなさい…失礼します…!」
私をすり抜けて、レイが小走りに参道の方へ向かう。
「待って!」
泣いてた。このままじゃだめ。
「シンジ!」
「はい!」
「あと、追いかけなさい!」
「え、だって」
「アンタが泣かしたのよ!女の子泣かしたの!謝って、家まで送るの!」
「僕が?」
「そうよ!」
「え…」
ぐわぁ〜!シャキッとしなさいよ!男でしょうが!
「早く行け!行かないと、馬鹿シンジとは二度と口聞いてやんない!」
「わ!行く!行きます!」
シンジはすっ飛んで、レイの後を追ったわ。
相手はお嬢様だし、着物だから追いつくでしょ。
本当に鈍いんだから、怒らないとさっさとできないなんて…、ホントに馬鹿シンジ。
私も気になったから、少し遅れて歩き始めた。
どうせレイの家の方角だから、こっちでいいのよね。
レイの家って、そりゃもう豪邸よ!
入ったことはないけど、20以上は部屋があるわね。
ドイツでは珍しくもないけど、日本じゃほとんど見ないわ。
財閥の一人娘だなんて、どうして公立中学に通ってるのよ。
お爺さんの方針らしいけど、
おかげで碇さんを知ることができましたって顔を赤くして微笑むんだから…、
ホントに世間知らずのお嬢様よね。
あ、でもどうしてこんな時期に転校してきたんだろ?
ずっとあそこに住んでたんじゃないの?
あ〜、もう!着物って歩きにくい!
あれ?
前の方、着物の女の子がおんぶされてる。
あの柄、レイだ…。
おんぶされて、手に草履を持ってる。
走ってるうちに壊れちゃったんだな、きっと。
それで、馬鹿シンジがおんぶしてあげてるんだ。
よかったじゃない、レイ。
巧くいきそうじゃない?
私が顔出すと、変になっちゃうかもしれないから、
ここで私はサヨナラするね。
私は胸の前で小さく手を振ると、マンションの方へ歩き出した。
何だろ、これ?
胸が苦しいよ…。
眼がショボショボする…。
息もしにくい…。
喉ががらがらだよ…。
イヤ…、ホントに苦しい。
胸が痛い。
立ってられない。
私は胸を押さえて、しゃがみこんでしまった。
何、これ、何なの?
病気?助けて!シンジ、馬鹿シンジ!助けてよ!
あ、涙が零れてきた。止まらない。
イヤ!こんなとこで、しゃがんでボロボロ泣いてるなんてイヤ!
誰かに見られたら…恥ずかしい…でも、止まらないよ…。
涙も、胸の痛みも、止まらないよ〜。
助けて!シンジ!お願い!
駄目よね。シンジはレイを送って…。
ズキンッ!
痛い!胸が苦しい!
どうして?どうしてシンジのこと考えたらこうなるの?
どういうことなの、いったい?
とにかく、家に帰るの。帰らなきゃ…。
私はハンカチで乱暴に顔をぬぐうと、とぼとぼと歩き出した。
きっと酷い顔。
見られたくない。
誰にも見られたくない。
俯いて、できるだけ顔が見えないようにして、私は歩いた。
胸が痛いよ。こんなの、生まれて初めて。
苦しい、苦しいよ。ママ!マナ!助けてぇ。
Act.22 初詣大作戦 ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第22話です。第1部完結編『アスカの初恋』編の前編になります。
ついにアスカに自覚症状が出てきました。
こういう展開が苦手なので、あとがきは早々に退散します。では!